藤塚神社について

神仏習合の面影

境内を囲む石垣塀は珍しく、明治維新までの神仏習合の面影を色濃く残しています。

藤塚神社

当地方で最古の御神木(欅)(樹齢450年~550年)

陽光の恵みをたっぷり受けて育った御神木の葉も秋には茶一色になり、一葉も残らず枝だけの姿になります。それでもまた春には芽吹き、おかえり祭りの近づく頃には新緑の息吹を感じ、初夏のまばゆい木漏れ日には毎年清々しさを感じ、自然の恵みに感謝します。当地方で最古といわれる御神木の幹のくぼみは天保五年の火災によるもので、波乱を乗り越え450年以上経った今も生き続ける生命力の強さには畏敬の念を感じます。

藤塚神社 御神木

節目を尊び長寿に感謝し、更なる長寿息災を祈念し、お祝いしましょう。

藤塚神社 おついたち参り 月次祭


石蕗(ツワブキ)日本の花言葉=困難に負けない。謙虚。

11月になると御神木の根本や境内のあちこちでツワブキの黄色い花が目立ちます。ツワブキの葉には解毒作用があり乳腺炎にも効能があります。摘みにおいでた方の昔の智恵を拝借しました。神域の毒除けの植物です。

藤塚神社 境内藤塚神社 安産 初宮




縁起

創建は天保・安政の火災によって古記録が消失したため定かではありませんが、寿永年間(1182~1184)と言われています。美川町はその昔『藤塚の里』と称し社名の由縁となっています。『山王権現』にはじまり『藤塚山王』明治元年『本吉日吉神社 』同年『藤塚日吉社』明治七年『藤塚神社』に改称され、前田斉泰公御染筆の扁額を賜りました。明治十二年には県社に列せられました 。

藤塚神社藤塚神社 

 

御祭神 御神徳

【本  殿】 大山咋神 大己貴神 天照大神

【琴平神社】 大物主神 事代主神 菅原道真公

【素戔嗚社】 素戔嗚尊


主祭神の『大山昨神』は、平安京遷都の際に都の表鬼門にあたり都を守護していた国家鎮護の社・日吉大社より御分霊を勧請。御神名の『クイ』というのは、大きな山に『クイ』を打つ山の主であり、山の樹木やその麓の田畑の五穀、万物の成長を『グイグイ』伸ばし育ててくださる御神徳をさしたものです。また神道において神社には神に先駆けて出現し、神意を知る兆しとされる『神使』と呼ばれる動物がおります。『山王』大山昨神の神使は『猿』…『神猿』と書いて『まさる』と読みます。『まさる』は魔が去る、または万事に勝るの意であり、古来より魔除け、厄除け、鬼門除け、守護の神としても崇敬されています。    

藤塚神社 まさる
御祭神の神使『神猿(まさる)』
魔が去る、万事に勝る…

本殿神前の両脇には穏やかな御顔の『神猿(まさる)』が守護しています。

藤塚神社 まさる


握り拳には何があるんでしよう???

本殿薄暗い縁の下を覗くと…こんな所にも

藤塚神社 まさる


険しい御顔の魔猿が四方で本殿を囲んでいます。

(闇の中ではやさしい御顔というわけにはいかないようです…)

藤塚神社 まさる

 

おかえり祭り 5月第3土日

現在の形が整って来たのは文化文政年間(1804~1830)と言われ、紋付き袴に白襷姿の正装で行う祭りは全国でも珍しく、安政4年(1857)京都仁和寺『御室御所』より、神輿の菊花紋章入り日覆、守護の鉄棒、正一位日吉神社の社頭額が下賜されたことに敬意を表したものと言われています。おかえり祭りは石川県無形民俗文化財に指定され、天保7年回船業紺屋三郎兵衛(竹多氏)より寄進された大神輿は、白山市文化財に指定されています。


八面四扉の御神輿は四方八方すべての方角に御神威高りますようにと

町中を厄祓いして巡る…

おかえり祭りは諸々の禍事罪穢れを祓い清める厄除けのお祭りです。

藤塚神社 おかえり祭り